
| 7 それから、俺は凄御たちからは距離をとっていた。 校舎裏にも行かなくなった。 海昊さんのクラスの前―――1年の教室の廊下が、俺の新たな居場所になった。 もちろん、轍生も一緒だ。 「澪月。」 海昊さんと、轍生。3人で廊下でダベっていた。 振り返ると、凄御。 相変わらず仲間を従えて、にやにや近寄ってくる。 「飛龍がそんなに怖ぇかよ。見てみろ。お前らの頭だった澪月 坡は、負け犬だぜぇ。」 ……。 何を言われてもシカトすることにした。 あっちに行きましょう。と、海昊さんと轍生に目配せをした。 「逃げんのかよ。」 ……。 俺は、振り返る。 「そんな仲間、欲しくねんだよ。そんな奴ら、仲間じゃねんだよ。俺は、海昊さんを慕ってる。ケンカが強いとかそんなんじゃなくて―――もう、俺は、お前らとは違う!!」 タンカ切って背を向けた。 もう、怖くなんかねぇ。 もう、番格なんて要らねぇ。欲しくもねぇ。 そんな俺に、海昊さんは、優しい笑顔を向けてくれた。 「坡、轍生。……BAD、入る気ぃない?」 「え……?」 そして、海昊さんは言ってくれた。 すげぇ嬉しかった。轍生と顔を見合わせて、一つ返事でOKした。 いや、入れてください。と、頭を下げた。 あんなに悪さしてた俺を、海昊さんは、誘ってくれた。 受け入れてくれた。 一生慕いたい。と、思った。 そして、俺らはBADのヤサ―――江の島東浜。に連れて行ってもらった。 「紊駕。」 私服姿の如樹さん。 改めて見ると、男の俺からしても格好良かった。 夜が似合う。制服を着ていなきゃ中坊になんて見えない。 いや、着ていても高校生といってもいい程、身長も高い。顔もいい。 「あ、あの……すみませんでした。そして……ありがとうございました。」 轍生も俺に倣った。 如樹さんは、特に何の感情も表さずに、俺は何もしてねーよ。と、言った。 意地悪い言い方ではない。高飛車な言い方でもない。ただ、発しただけの言葉。 でも。 「紊駕。あれで、ちゃんと解うとるから。心配せんといて。な。」 海昊さんは笑った。 はい。と、俺らはうなづいた。 夜の江の島は、盛り上がっていた。 「氷雨さん。」 海昊さんは、BADの頭や。と、紹介してくれた。 名前は知っていた。滄 氷雨。 でも。 「あれ。K学の制服じゃん。俺、高等部3年、滄 氷雨。よろしくな。」 頭を気取る風ではなく、粋がるワケでもない。 K学をシキる気など、名前を売る気など、全くないんだ。 自分が改めて恥ずかしいと思った。 BADには、同じ年の奴から高校生。20歳代の人もいるように見えた。 皆、気さくに話しかけてくれる。 年齢なんて関係なく、和気あいあいとした雰囲気。 変な上下関係などなかった。 慕いたい人を慕うっていうのが、自然な道理になっていた。 すげぇ居心地が良かった。 尊敬とか、慕うっていうのは、勝手に自分が相手に思うこと。 それを誰かに強制されたりするのは、意味がないってことを改めて理解した。 恐怖や損得。そんなもので従わせたって、本当の仲間なんて手に入るはずがないんだ。 海昊さんは、本当に温厚で優しい人。 一緒にいればいるほど尊敬に値する人だ。 海昊さんは、本来は俺と同じ年だという。 去年の夏に、大阪から神奈川に、いわゆる家出。をしてきた。らしい。 詳しくは聞かなかったけど、この春から1年をやり直した。んだそうだ。 今は、滄さんの家に居候をしている。 如樹さんは、頭がよくてクールで無口。辛口だけど、本当は優しい人。婉曲に。 巷では、極悪非道。と、言われている如樹さん。 接してみると、全くのウソだと判った。 俺を諭してくれたように、表現方法は、海昊さんとは正反対。 だから、誤解されやすいタイプ。だと、俺は思う。 でも本人はそんなのは全く気にしていない。 いつも泰然としていて、冷静沈着。 滄さんは、横浜一でかい族、THE ROADの特隊だった人で、その族をバラした張本人。 リーダー的存在で皆に慕われている。 「滄さん、やっぱBLUESまくったのって、マジなんすよね?」 轍生が訊いた。 「まくったつーかさ。紊駕が歯止め効かなくなってよ。殺っちまった。って感じ?」 滄さんは、悪戯でやんちゃな笑みを漏らした。 去年の夏。 BLUESの奴らが女の人に強姦まがいなことをしていたところに出くわしたらしい。 それを助けた。と、いうのだ。 BLUES対滄さんたち3人。そして、結果、BLUES全滅。 滄さん、如樹さん、海昊さん。はマジ、ケンカ強くて、ここらじゃ誰も敵う奴なんていない。 でも、その力は、番格取るためでも、自身を誇示するためでもない。 湘南暴走族BAD。巷では、いわゆる不良の集まり。と、言われている。 でも、BADの皆は、ほとんどが単車好き。走るのが好きな人たち。 他の族との勢力争いや、無闇にケンカをする連中ではない。 俺や轍生も単車にはまるのに時間はかからなかった。 小遣いを貯めて、前借もしてもらい、ようやくまとまった資金を手に入れた。 友達のツテで手に入れた、単車。 KAWASAKI EX-4。 青く輝く400CC。フルカウル、スーパースポーツタイプ。 もちろん無免許。運転方法は、海昊さんや滄さん、BADの皆に教えてもらった。 轍生も自分の単車、SUZUKI DR800Sを愛しそうに撫でる。 「そーだ。海いきましょうよ!」 7月。 梅雨真っ只中の関東。 俺は、海昊さんと轍生と江の島へ初ツーリングへ出かけた。 空は少し不安げだったが、初納車の気分にはかなわなかった。 「海昊さん。……本当に感謝しています。」 湘南海岸に単車を停めて、俺は背筋を伸ばし、頭を垂れた。 轍生もそれに倣う。 海昊さんの単車、HONDA VRX ROAD STAR。黒光りするその風体を見る。 BADに入れてもらって、本当に充実した毎日。 「BADに入れてもらって、ありがとうございます。……俺、学コシメることしか考えてませんでした。」 俺は、改めて言葉にした。 「俺、すげーバカでした。海昊さんと如樹さんに言われて、目が覚めました。この傷に誓って、もう、姑息なマネはしません。」 自身の誓いを海昊さんに告げた。 左頬に触れる。 「俺も……ありがとうございます。ずっと言いたかったんだよな、坡。」 轍生ももう一度、頭を下げた。 海昊さんは、俺の傷を見た。 「……傷。残ってしもたんやな。」 目の下から口にかけての細い線。 限りなく白に近い薄ピンク色。 4月に、ナイフでやられた傷跡。 「残って良かったんですよ。」 俺は、笑った。 強がりではない。本心だった。 戒め。今までの俺との決別。 そして、海昊さんに一生を捧げる。と、これは、勝手な俺の想いだが。 海昊さんは、やっぱり優しい笑みで左エクボをへこませた―――……。 <<前へ >>次へ <物語のTOPへ> |